⁑ヨガよもやま話⁑「ポーズのなかで感じること」


ヨガを続けていると、

あるポーズでは「楽しい」「心地よい」「何度でもやりたい」と感じたり、

また別のポーズでは「苦手だ」「避けてとおりたい」「早く終わりにしたい」

などと感じるようなことがありませんか?

または、好きや嫌いというカテゴリーでも括れない、

探求しがいがあると感じるものや、

一人で練習するときによくやるものなんかがあるかもしれません。


私にとっては、捻じりのポーズがそれにあたります。

日常生活のなかで生じた歪みを修正してくれることが、 シンプルに心地よく感じるということももちろんありますが、 身体を捻じっていると、 色々な思考や感情がわいてきて、 自分自身の在り方に気づかされることがよくあるのです。 先日は、 「もっと捻じりたい、もっと、もっと…」と、欲が出てきていました。 その日は、動き始めに何とも言えない気だるさを感じて、 内側で停滞しているものを手放したいという気持ちが どんどん強くなってきていたところでの、最後の捻じりのポーズでした。

こういうときは、どうしても力でもって身体を操作しがちになってしまいます。

身体の声を聴く…というヨガの基本を無視して、

「もっと先へ、もっと先へ」と、

私のなかにある得体のしれないモヤモヤを、 力ずくで追い出して手放そうとしていたのです。


でも、そのときはそうしている自分にも気づけていました。 クリパルヨガでは、

こうやって自分の内側で起きていることを冷静に観ているものを 「目撃意識」と呼んでいます。


まさに、欲を出して頭で身体に無理強いをしていることを 目撃していました。 そして、手放そうとして、もがけばもがくほど、

手放せないということにも気づけたのです。


そうした気づきとともに、

身体への無理強いをやめると、

捻じりの感覚はとても緩やかなものになりましたが、

ポーズを解いたあとの感覚は、 穏やかで優しいエネルギーに満たされました。

求めていることには気づいていても、 ただ自然の流れに任せていくように、 件の捻じりのポーズで言えば、 自分の呼吸の波にのって、 吸う息吐く息に身体を委ねて、 少しずつ捻じれていく、また少し緩む、という 小さな行きつ戻りつを繰り返しながら留まっていると、 必要な気づきがやって来るのです。

追い求めれば求めるほど遠ざかっていくというように、

逆説的な感じですが、

手放したいものさえ、手放そうとしないで 留まってみることがカギなのだと思いました。 そんな自分の体験をもとに、 クラスに参加される方をサポートし、 エンパワーしていきたいとも思った出来事でした。



FIVE ELEMENTS

Naoko

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