⁑ヨガよもやま話⁑「あるとき。ないとき。」



First trip in Varanasi

貧富、生と死、きれいきたない

二極が同時にある場所



あるとき(喜ぶ)

ないとき(悲しむ)

関西人なら誰もが耳にしたことがある、お馴染みのフレーズ。

※わからない方のために補足⇩

関西人にとってのソウルフード(と言われる)豚まんのCM

あるとき!と言ったら大喜びし

ないとき!と言ったら嘆き悲しむ というコントがある。

シンプルなようで、そうでない。

単純にはかれない

「あるとき、ないとき」。


病や苦しみの種のように、あるから困るもの、

逆にないことの空白が自由で嬉しいものだったりもあるから、、


ある、なし にくっついてくる感情も

本当に自分の心からのものなのかな、

っていつも胸に聴いてみている。


幼い頃に植えついたものなのか、

まわりに合わせたものなのか(多数に合わせた方が生きやすいから)

はたまた情報からのコントロールを無意識に受けたものなのか。

。。。


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文中から、こんにちは。

ヨガスタジオFIVE ELEMENTSのhanaです。


スタジオ講師が順番に書いている「ヨガよもやま話」、

ヨガのことや、日々の暮らしのなかで気づいたこと、

それぞれの講師の視点から感じたこと。

素のままに綴ってゆくシリーズです。


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ラマナアシュラムにて



あるとき、友人との会話で

子供を産んでいるひと、そうでないひと、

望んでいるひと、そうでないひと

女性の生き方や幸せについての話になったことで

この、「ある」「ない」について

想いを巡らせるきっかけをいただけた。


その友人とは

「ない」には「ある」にはない何かが「ある」ね、

と言葉をくれ、それについて話が弾んだ。


「ない」

と発言すると

ひとりですべてを持とうとしなくていいよ、

自分にないものは他のひとが持ってくれている(「ある」)

他と分かち合えたらそれでいいじゃないの、

そんなメッセージもいただけた。


それは本当にその通りで有難いメッセージ。

だけど、、、

潜ることで、明らかになる、奥の自分の声。

それを急かさずに耳を傾けてあげたい。


ただ、それだけ。


スピード化と情報化の社会で生きていると

何かと答えもすぐ出そうとしてしまうから。



ハタヨーガで最も大切で最も難しいとされるシャバアーサナ(屍のポーズ)。

全身の力を手放し、

緊張をほぐし、

大地に身を委ね、

重力に逆らわず、

心と体全てを解放する。



これはいずれ迎える「死」の練習とも言われる。

ヨガは呼吸(生)で始まりシャバアーサナ(死)で一生を練習している。

生まれてきた奇跡に感謝をし、大地に還る死をよろこぶ。

困難なポーズを通して克服し楽しみ最後は安定し眠る。

そうしてまた新しく生まれ変わって、何度でも練習する。


死を迎えるとき、誰ひとりなにかを持っていくことはできない。

ただただ、生まれたままの姿に戻って迎えるもの。



2022年が明けたばかりのまだ寒かったころ。

冬は内側に向かって心身を休めることに適しているので

ヨガニードラや瞑想でシャバアーサナ意識に向かっていくことを

1日に必ず取るように大切にしていた。

(そして初夏のこの時期も少し少なくなったとは言え、大切にしている)

「無」に還っていく。

それは

絶望、そして恍惚。

身体の機能としては

必要最低限に向かっていくので

消化や吸収などの働きがやさしくできて

効率も良くなり、落ち着き、リラックスが生まれる。

「生」というステージにいて、

これからの未来を創造していくことは

「ない」→「ある」→「ない」(繰り返される)

という連続のことではないかなぁ。



どんな未来を創造したいか。

どんな「ある」がほしいか。

それは生きる活力を与えてくれるものだし

なぜ生きるのかの答えだと思う。

真っ白のキャンバスに「わたし」という生を描く。

心躍るデザインをここに具現化するために

瞬間瞬間の「いまここ」がどんな状態であるか、

ただありのまま、かつ冷静に観ていること。

「瞑想」。

調和して生きていきたい、と望むなら、欠かせないもの。



現状の「ない」に正面から向き合ってみる。

降参し、立ち止まり続け、

「ある」を掴み取ろうとする力みを手放す。

ヨガのプラクティス(練習)は

人生のプラクティスと同じだ、というけれど

本当にその通りだ、と日々実感している。


「できない」ポーズを「できる」にしたい。

(基本、すべては自分次第だと思っている。

すなわち、やるか、やらないか。)

それにはまず、

いまここの「できない」ところにまずは着地。

生まれたての子鹿のように、慣れないところから。

今まで使えてこれてなかった筋肉、筋の伸展収縮から。

「ない」に着地すること。

明確なスタート地点からはじめること。

見据える先に向かって生まれるエネルギー。

友人と対話した「ない」からこその「ある」がそこには、ある。

叶えたい夢はありますか。


そのために、

いまあなたには何が「ない」ですか。

何が「あり」ますか。

想いを巡らせてみること。

夢のために、大切な第一歩ではないかな、

と私は感じています。

これをご覧くださっている皆さまにとって

健やかで幸せに生きる日々のための、何かのヒントになれたら嬉しいです。

生命の全てが、健やかで幸せで平和でありますように。



自分の内側に向き合える時間。

植物のサポートをお届けするセッション、ビオスチームの活動を行なっています。

瞑想タイムとしておすすめのセッションです。

瞑想自体の指導は行なっておりませんが、ヨガニードラのガイダンスは可能です。


滋賀の自宅サロンにて。

またFIVE ELEMENTSでもご要望の方にセッション開催しています。

詳細等お気軽にメッセージしてくださいね。


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