伊藤武先生のインド哲学とヨーガ2回講座 開催レポート!



10月、11月と、2回にわたってインド哲学とヨーガ2回講座を開催しました。

9月にマルマヨーガ講師養成講座を終えたお二人がアシスタントに入ってくださいました。そのお二人から講座の感想をレポートしてもらいました! ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴


今、世界中でいろんな種類のヨーガが存在します。 その選択肢の多さに何を選んだら良いのか分からず、そしてどこかフィットネス寄りのヨーガが多いなぁと漠然と感じてました。 そこで生まれた1つの疑問。 『本当のヨーガって何?』 そんな疑問が生じて初めて手にしたヨーガの本が伊藤武先生の本でした。 そこでヨーガは哲学と共にあることを知ったのです。 この講座では、ヨーガとは何か?インド哲学とは何か?を、インドの歴史と共に紐解いていきます。 今、自分が行なっているヨーガは何だろう? この講座を学ぶことで、その自分の立ち位置が分かります。 実は私は今回でこの講座は3回目になります。 伊藤先生の素晴らしいところは、歪められたインドの歴史やヨーガの歴史を、サンスクリット語の原文から、より正確な真実へと導いてくれるところです。 また、宗派・流派を越えて、どこか第三者的な視点で話が進んでいくので、自分の中で凝り固まっていたヨーガ観や哲学観を緩める事が出来ます。 ヨーガの世界では、どこか『シャンティじゃなければならない』ような空気感があったり、『離欲しなくては…』とか、何となくだけどそういう雰囲気にさせられる事が多かったけど、講座の中での先生のふとした言葉に私は救われてきました。 『輪廻なんかあるかどうかわかんないよね』 『こんなことやってたら、頭おかしくなっちゃうよ』 どこか冷静にさせてくれる先生の言葉。 今は、シャンティじゃなくても、無理に手放さなくてもいい… 輪廻するかしないかわからないんだし、今を思い切り楽しもう!と思えました。 いろんな事から解放されたのは、聖典の言葉ではなくて、私は伊藤先生のつぶやきでした。 この講座は、ヨーガをする上でのベースのようなものだと思います。 私のヨーガ探しの旅は、ここから始まりました。 マルマヨーガ講師養成講座修了生 A.K.さん

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伊藤武先生によるインド哲学とヨーガの講座。 実はもう、何回も何回もヨーガ哲学とは、の話を聞いていいます。が...なかなか難解なんです。 哲学の始まりはその時代の背景や場所によって発展し、移動し、弾圧されたり、改正されたり、否定されたりしながらも『今』に繋がって来ました。 その全てを覚えたり、理解したりする事はまだまだ時間がかかりそうではありますが、いつもその哲学の真ん中にあるのは 心とはなにか。 と言う命題だと伊藤先生は言います。 その心を知り得るために、この世界の仕組みを紐解くために哲学は片時も離れる事なく、人間に長年寄り添ってきた、いわば同志のような、そんな感覚を受けます。 学ぶたび、新しい気づきがあります。ハッとする事、心が震えて、涙が出そうになる瞬間もあったりします。 『命は心が先か、体が先かどっちだと思う?』と先生が質問をされました。 あぁ、禅問答でも似たような事があったなぁと思い出しました。 これだけ哲学の事を研究してこられた伊藤先生は答えは、『わからない』です。どう受け止めるか、それは人それぞれなんだと思うし、それでいいんじゃないかな、と。 そんなメッセージにとっても先生の優しさや、哲学に対する深い愛や尊敬を感じます。(毒もいっぱい吐くキャラをされてますが 笑) 答えのないこの『命』や『魂』や『心』と言うテーマにこれだけの時間と労力をかけて人々の、答えを見つけようとしてきたプロセスにいつも感動します。 哲学は月を指す指で、この哲学を通して自分がどう生きるかの道標なんだろうなといつも感じます。 この学びは、生き方の指標です。 命について、わたしについて、を知るための膨大なエッセンスです。 それを真摯に伝えられる先生や、共に学べる仲間との出会いは神様からのギフトだなと感じます。 まだまだ長い道のりになるかも知れませんが、今後学ぶ、ゲーランダサンヒターや、ハタヨーガプラディピカーが今からとても楽しみです。 マルマヨーガ講師養成講座修了生 H.T.さん ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

今後も毎月伊藤武先生の哲学講座を開催します。

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